四条通り週末.com

京都から万物の面白さを伝えます

ブログ性善説

松本です。

 

最近、娘がボタンにハマっています。

 ボタンを留めるのも、ボタンを外すのもハマっているため、エンドレスです。自分のパジャマのボタンを留めては外しを繰り返しています。そして上手くいかなくて癇癪を起こして足をバタバタさせます。まるで、自分を見ているようです。

 

パパに手伝わせて!お願い!ね?ね?と本心でお願いをすると割と手伝わせてくれます。あとはずーっと応援してます。早く飽きてくんねーかなー。もうボタンパジャマ以外のパジャマは見向きもしません。パパはもう飽きたよ。

今日の一曲
我が青春のヌンチャク!まさかあるとは。さすがiTunesストア。騙されたと思って買ってください。騙されます。と言うのは半分冗談ですが、半分はまぁ騙されるでしょう。でもやっぱかっこいい!あー、我が青春のヌンチャク。。。

ブログ性善説

というのを、僕は唱えています。厳密に言うと性善説なのかどうかわからないんですが、僕のイメージとしては性善説です。何を持って性善説、あるいは性悪説と言うのか。それについて少し語りたいと思います。

 

性善説というのは、人間は生まれもっては善であると。そういう話です。性悪説は生まれもっては悪だから、善になるようするように努力しましょうね、という話です。よね?ちょっと曖昧ですが、少なくとも僕の認識としては、そういうことです。

 

では、ブログ性善説とは?これはもうブログ性善説というより、アフィブログ性善説と言った方がいいかもしれません。つまり、全ての読者は面白ければ読んでくれるし、いいものが紹介されていれば誰が得するとか関係なく、買ってくれるという説です。僕はこれを唱えているというよりは、信じたいと思っています。

 

やはり、自分でアフィブログを始めてから、他のブログを多く読むようになりましたし、アドセンスもよくクリックするようになりました。自分が他の人への立場は、他の人の自分への立場と同じという発想です。

 

性悪説はそれで言うと、真逆ですね。人はいくら面白い文章だろうが、その人の利益になることは絶対したくない、という理論です。だから、うまく騙してクリックさせてやろう、クリックするように仕向けようという理論です。これは、悲しい気がします。

 

大手の儲かってるアフィブログは確かに押させるのがうまいのは絶対あるんですが、それだけではないと思うんですよ。だって、誰かを騙そうとして質の高い文章を書き続けるのなんて無理なんじゃないかなって。押してもらう努力は最大限するけど、その中にちゃんと自分を高める努力が含まれてるんじゃないかなって。

何が言いたいのか

こっちが聞きたいよ!いや、でも頑張ろうってことですよ。とりあえず365日ブログを更新することを目標としましたが、それは無理だと薄々感じています。いつどこで終わるだろうか、ってことを考えています。でも、3月ぐらいまでは頑張りたいね。嬉しい報告もここでしたいし。じゃあ4月かな。

 

また、先日の「セブンイレブンとファミリーマートのドーナツを食べ比べてみました」の記事のアクセスがすごく伸びて、非常に嬉しかったんですが、あれは僕がすごく面白い記事を書いたとかそういうわけではないです。なので、いつか自分の納得できる改心の記事が書けたときに、同じようにアクセスが伸びればいいなぁと思ってこの記事を書きました。この気持ちを忘れないようにね。